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校長室だより 第25号
平成27年3月24日(火)

退任式、離任式

 3月24日退任式、離任式が行われました。今年度は6名が退任、14名が離任となりました。お世話になりました皆様、本当にありがとうございました。式で生徒に語られたお言葉は、生徒一人ひとりの心にしっかりと刻まれたと思います。

 私も、今年度を持って定年退職をいたします。

 遠く遥かな道のりだったはずなのに、振り返れば思いがけず短い。人生とはその様なものであったのかと、今つくづく思います。

 哲学者の西田幾多郎は「或教授の退職の辞」の冒頭でこう語っています。「回顧すれば、私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後ろにして立った。黒板に向かって一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。」生きている限り様々なことがありますが、そのつど一筋に生きてきた場合には、一生が「一つの生」として、その単純さにおいて自覚される、ということなのでしょうか。私の場合は、前半は黒板を前に坐し、半ばで黒板を後ろにして立ち、後半は再び黒板を前に坐しました。

 大学を卒業して民間に職を得ていた私でしたが、教員への思いは捨てきれず、27歳の時ようやく神奈川県の教員になることができました。「教員として生徒とともに生きよう」その時の決意は今でも忘れてはいません。黒板を背にした授業の中で、生徒から実に多くのことを学ばせてもらいました。多くの卒業生の巣立ちに立ち会いましたが、私の目の前にはいつも「3年間の青春」がありました。そこで展開された、輝くエネルギーと感動の涙の物語の一つひとつが、今も鮮やかに甦ります。

 後半の12年間は、管理職として「人を育てる」ということの責任の重さを改めて痛感する日々でした。辛いときは「3年間の青春」が私の心の支えであり、生徒の「励む姿」に元気をもらいました。卒業式は、ことのほか担任が羨ましい。生徒に囲まれ、笑顔に流れる涙をぬぐう担任の姿が眩しかった。授業観察時に黒板を前に坐し、数々の「学び」の感動に再び出会えたことも、大きな喜びでした。「考える力」こそが人生の財産です。

 また、多くの保護者の方々との出会いも大切な宝物です。若い頃は人生の先輩として、そして時を経て子育ての先輩として、同世代の同胞として、人生の後輩として、保護者の方々からは知恵と勇気と夢を頂きました。特に子育てに関しては、沢山の先輩に教えを頂き、心から感謝しております。

 「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである」これもまた、西田幾多郎の言葉です。私があって人生を経験するのではなく、人生という経験が私らしい私を育てる、という意味です。この言葉のとおり、教員生活全ての経験が、全ての出会いが、今の私を育ててくれたのだと思っています。

 私とは何か。私らしい私とは何か。定年を迎えたこれからも、自分にとっての「何か」を知るために、私も新しい人生へと巣立ちます。今まで本当に、ありがとうございました。

 市高最高!!!


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